ハート・リング通信 2016年
第25回 2016年1月
悩んでいる人の支えに体験を本にしました
ハート・リング運動 専務理事 早田雅美
読者から、よくお電話をいただくことがあります。多くは認知症のご家族を持った方で、「どうも最近家族の様子がおかしい」「家族が認知症という診断を受け、薬も出されて帰って来たものの、受け容れられず苦しんでいる ……人にも言えない」という内容です。
実は私自身、定年退職後の父がアルツハイマー型認知症となって、その在宅介護をする立場となった時には、全く同じ感覚で苦しい毎日を過ごしていました。突然出口のないトンネルに入ってしまったような重苦しい気持ちは、今でも忘れることができません。
「こんな父であるはずはない」。そんな思いから、認知症悪化をストップしてくれる名医がきっとどこかにいるはずだと病院を巡り、精神科病院や老人保健施設、有料老人ホームなどを転々とするのに借金までして多額のお金を使い、介護と自分の仕事の両立にも悩みました。
父が他界した時、計り知れない喪失感と、得られないものを追い続けて疲弊しきった抜け殻のような自分だけが残っていました。
そしてその数年後、父を一緒に介護していた母が、今度はレビー小体型認知症になったのです。
あの疲弊を繰り返すのは、ご免です。父での経験を踏み台にした私は、同じ認知症であっても自分と家族の目的や発想を大きく 180度転換することを考え実践してきました。キーワードは"いいとこ取り"。今でも同居しています。
医療や介護サービスに助けを求めてすがるのではなく、賢く「利用」させていただきながら、認知症という「生活障害」はあっても、今も昔も変わらない母であることを見失わないよう、毎日の生活を楽しむように暮らしてきました。驚く方も多いかもしれませんが、認知症の母を伴って毎年のように世界各地へ旅行にも行ってきました。現在 6歳の一人っ子の息子も、そんなお婆ちゃんとの暮らしを当たり前のように受け容れていますし、介護そのものもお遊び感覚で手伝ってくれます。
お電話を下さる方々の、状況を変えて差し上げることはなかなかできないのですが、私の他愛もない経験話を聞くだけでも、ふっと我に返って新鮮に感じていただけることもあるようで、お役に立てることもあるのかなと感じています。このコラム執筆の合間にそんなことを話したところ、「その経験を本にまとめてみませんか ?」と、ご提案をいただきました。
私が出版なんて、という戸惑いがあり、かなり時間もかかりましたが、多くの方のお力添えもあって、ようやく出来上がりました。失敗を重ね、たくさん後悔して、ようやく前向きで明るい介護生活を送れるようになった私の経験が、悩んでいる多くの人の参考になればと願ってやみません。
今日も仕事を終えて帰る我が家は、妻と息子と犬と認知症の母が待つ、ごくごく普通の家庭です。